量子物理と古典物理の世界

物理というと堅苦しく、拒否反応を示される人もいるかもしれませんが、簡単に説明すると私達が存在しているこの世界において起こる様々な現象を数学等を用いて説明しようとするものです。ニュートンが木から落ちるりんごから重力(引力)という概念を創造したように、とても身近な学問です。二つの物体の間に生じている力の関係性を普遍的な数式で表現したものです。これが物体ではなく、人間関係になると心理学などの異なる学問にはなるのでしょうが、まだ完全に説明できるものは存在していないと思います。ただ、将来的にはこれらも、何らかの法則で説明できたり、評価できるような世界になるかもしれません。これは、物質や思考、感情といったものを生み出しているものがひとつの何かであることが根拠ですが、あくまでも私見です。

ニュートンが開いた物理学の扉は、ニュートン力学として体系化され、様々な現象を理解、予測することに使われてきましたが、技術が進展するにつれ、ミクロな世界を高精度な顕微鏡などで観察できるようになってくると、ニュートン力学では説明できない現象が明らかになって来ました。先人達は、これらをなんとか説明しようと試行錯誤した結果、量子力学として体系化してきました。

ニュートン力学の範囲で説明できなくなってきた代表的なものが光です。いわゆる一般の方々が光と捉えているのは波長が380 – 760 nmの可視光線で、電磁波の一部になります。電磁波はこれ以外の波長も存在していて生活を便利にするのに利用されています。TVやスマートフォンの電波も一部です。

光の物理世界が古典物理の世界と異なる代表的なものは、エネルギーが不連続で存在する。観察者の存在により結果が影響される。ある粒子が、ある位置に存在することが確率でしか表現できない。距離が離れていても通じあえている。ある確率で(エネルギーの)壁をすり抜けることができる。粒子同士が重なり合っている。などなどです。